鍛治町の変化
●堺の鉄砲と庖丁(大阪府)●
中世の後期から遣明船の出航地として栄え、自由都市として知られている。
その堺の商人は種子島に鉄砲がもたらされると、その技術を学んで鉄砲の製造を開始する。
以後、鉄砲によって日本の歴史はおおいに変わることになるが、近世を通して近江国友鉄砲とともにその技術はながく受け継がれてきた。
その外にも、堺では種々の鉄器が作られ、全国に広められた。
今日、堺鍛冶は高級庖丁で有名であるが、近世には煙草を刻む煙草庖丁でも知られていた。
煙草もまた新しくもたらされた舶来の新文化であった。
また、大八車や自転車も堺を発生地としており、千歯扱きもこの近在で発明されたといわれている。
堺の鉄器技術が果たした役割は非常に大きいのである。
●播州鎌(丘ハ庫県)●
加古川流域はさまざまの製品を作る鍛冶が成立したが、そのひとつに播州鎌があり、越前鎌とならんで二大産地を形成した。
播州鎌商人の記録は古いが、興隆をみるのは藩政時代末期からであるといわれている。
刃幅の狭い片刃鎌で俗に「カミソリ鎌」ともいわれた。
この地域では剃刀鍛冶が在方に多かったが、そのなかから剃刀作りの技術を鎌に生かして鎌鍛冶がおこった。
現在ではロートアイアンを作る店がいくつかあるようだ。