涙は止まらず…1
平穏な生活を送っている思いきや、ある時からその生活ができなくなってしまった人たちの話を紹介します。
「俺らは貧乏はしたけれど、子どもたちには恵まれたなあ」
それは、子煩悩な夫の口癖でした。
物腰の静かな、やさしい人で、私が少し大きな声で三人の子どもたちを叱ろうものなら、「まあ、まあ、いい」「もう、いい」となだめます。
また、漬物の大好きな人でした。
添加物が気になるので、毎年、私が自家製の漬物を作っていました。
たくあん三十本、白菜漬けニケース、梅のしそ漬け、らっきょうの酢漬け。
夫は毎日のようにお膳にのる漬物を、本当においしそうに食べてくれました。
でも、夫が亡くなったあと、夫の好物を見るのはつらくて、漬物は一口も食べなくなりました。
漬けるのもやめてしまいました。
大切に使ってきた木製の樽も、たがが外れ、夏には捨てました。
夫が溜め息をついて帰宅するようになったのは、転職して三年たった一九八六年ころからです。
「あーあ、疲れた」「今日は、帰ろうと思ったら荷が入ってきて荷物下ろしがあってな……」「今日の荷物、半生製品で重くてな」。
愚痴などあまり言ったことのない夫が、しだいにそんなふうにくり返すようになったのです。
夫が転職した会社は、青木商店といって従業員十人ほどの菓子の卸会社でした。